「これだけは知っておきたい借家法@」


 借家法は、借家人を守るために大正10年に制定された法律です。貸家業を営む大家さんにとって特に関係が深い法律ですが、意外と正確に理解されていないところがあります。今月と次回に分けて、借家法の基本を押さえておきたいと思います。

 借家人を守るために制定された法律ですから、借家人と利害関係において対局にある大家さんにとって、この借家法は心地よいものと言えないのは当然です。そのもっともたるものが、次のようなケースではないでしょうか。

家主が明け渡しを請求する場合

 大家さんが誰かに建物を貸す場合には、貸す期間を決めた場合には、その期間が終わったときに、建物を明け渡してくれと言うことができ、期間を決めてないときは、いつでも、建物の明け渡しを求めることが出来るのが、元来、民法の建前でした。
 しかし、その建物を生活の根拠にして暮らしている借家人にとって、これを奪われる場合の苦痛がきわめて大きい、ということで、家主が一方的に借家人を追い出すことは制限すべき、という考えが出てきました。戦争が長期化して住宅事情が悪くなった昭和16年に、あらたに借家法に設けられた次の条文が、家主のする借家契約の解消を制限することになりました。

 「借家法1条の2  家主が借家人に対して、期間の約束があるときに期間が終わったから建物を明け渡せといったり、期間の約束がないときに解約するから明け渡せといったりすることが許されるためには、家主が自分でその建物を使うとか、そのほか明け渡しを求めるのがもっともだと思われる事情(これを「正当事由という」)がなければならない」
 つまりこの条文は、期間が終わるときに更新契約を拒絶するときなどに適用されます。

どんなとき正当事由が必要か

 たとえば、借家人が家賃を何ヶ月もためて払わないなどの債務不履行がある場合や、家主に無断で建物を他人に転貸したりしたときは、家主は民法の規定に従って契約を解除する事が出来るので、「正当事由」を問題にする必要はありません。はじめから契約がないのに住んでいる者や、借家人から家主に無断で転借している者に明け渡しを求めるときも、「正当事由」はいりません。

 家主と借家人の間で賃貸借を終了させて、建物を明け渡すという約束(合意解除)が成立したときにも、借家関係は両当事者の約束で消滅するので「正当事由」の有無を問題とする必要はありません。つまり「正当事由」とは、借家人に義務違反がないのに、正当に借家権が認められるのに、家主の都合で明け渡しを請求する場合にのみ必要なものなのです。


 「正当事由」の有無はどう決まるか

 つまり、家主が建物の明け渡しを求めて裁判所に訴えた場合には、裁判所は「正当事由」があるかないか調べ、あると認めたときは家主を勝たせ、ないと認めたときは家主を負かすことになります。したがって、家屋の明け渡し訴訟では、借家人の義務違反を理由とするものは別として、ほとんどが「正当事由」の有無を争点としています。

 その場合の「正当事由」の有無は、家主側のいっさいの事情と借家人側のいっさいの事情を考慮した上で、裁判官の判断によって決められます。
 いっさいの事情とは、たとえば、家主がその建物を必要とする理由、現在の住まいの状態・家族数・職業・資力など、借家人の方では、その建物の構造、家族数・職業・資力・転居先の有無などが、ほとんどつねに考慮されます。また、借家人はいままで誠実な借家人として暮らしてきたか、家主は、誠意を持って借家人の転居先のことなど心配してやったか、などということも「正当事由」の有無を決める場合に重要な役割を果たします。注ぎに、家主側の事情にはどのようなものがあるか具体例をあげてみましょう。

家主側の事情の具体例

 @家主が自分で住むために建物が必要な場合。
 終戦直後のひどい住宅難の時は、家主も借家人も問題となっている建物以外に適当な住居もないという例が多かったので、その必要度は両方ともかなり大きかったのですが、どちらかといえば、借家人の必要度の方が重く取り扱われて「正当時由」なしとされる例が多かったようです。最近では住宅難も解消されたので、借家人の必要度も前ほど切実なものとみなされず、それだけ家主の必要度も、相対的に比重が大きくなったといえます。しかし、貸家業を営んでいる大家さんの場合は、その部屋に自分が住むために明け渡して欲しい、という事情はほとんど存在しないでしょう。

 A家主が自分の家族・近親者あるいは従業員を住まわせるために建物が必要な場合。
 この場合もケースによっては「正当事由」があるとされることもあります。家主側の家屋の広さ、財力とか借家人側の財力その他が比較された上で「正当事由」の有無が決められます。

 B家主の営業のために建物が必要な場合。
 家主が自分の商売のために使いたいという場合は、住むところがないからという場合と比べると、その緊急度は落ちるのが普通です。そこで商売を始めなければ暮らしをたてていけないというような、せっぱ詰まった事情があれば別ですが・・・・。

 C借家を高く売るために明け渡しを求める場合。
 借家人が住んでいる家屋は、借家人がいない家屋よりずっと安い値段でしか売れないので、家主が家屋を売ろうとして借家人に明け渡しを求める場合は、原則として「正当事由」はありません。

 D借家を買って新しく家主となった者が明け渡しを求める場合。
 借家人は、新家主に対しても、旧家主と同じく借家権を主張することができます。ですから新家主といえども明け渡しを求めるときは「正当事由」が必要です。この場合、新家主であるということ自体が家主側に不利な事情として考慮され、家主に変更のない普通の場合に比べても「正当事由」があると認められることは難しくなります。

 E家主が建替・大修繕をする必要がある場合。
 これは比較的「正当事由」が認められやすいと言えます。建物が壊れてしまえば借家関係は当然終了するので、壊れる直前に家主が建て直すといった場合には、借家人として、これに応ぜざるをえないということや、そのまま放置しておくと天災地変の時に危険であることなどがその理由とされています。
 さて次は、家主と借家人との関係から生ずるいろいろな事情を考えてみましょう。

その他いろいろな事情

 @具体的にある事情が生じたら明け渡してもらうという約束がある場合。
 家主の息子が結婚するときには借家を明け渡してもらうというような約束がある場合に、息子が結婚しても、家主は借家を明け渡してもらうことは出来ません。そのような約束は多くの場合、借家人に不利な特約なので無効とされるからです。ただし、「正当事由」の有無を決する材料とはなりますので、約束がないときよりも有利に判定されます。
 3年とか5年という期間を定めて貸した場合も、同様の理由で明け渡してもらうことは出来ません。(本年3月1日から施行された「定期借家権」であれば、「正当事由制度」そのものがありませんから、当然明け渡して貰えます)

 A家主・借家人間の信頼関係にひびが入るような行為があった場合。
 家賃の支払いを怠るとか借家人に義務違反がある場合に、その程度がひどくて借家関係を続けさせることが家主にとって無理だと客観的に考えられるほどであれば、家主は借家関係を解除できます。その程度が軽くて、継続してきた借家関係を終わらせるのは妥当でないと考えられるときは、解除することは出来ません。しかしこの場合も、「正当事由」の有無の判定の際に、その事が借家人の不利な材料として考慮はされます。

    B家主が代わりの建物を提供した場合。
 家主が明け渡しを請求している借家の代わりに別の建物を借家人に提供した場合には、もはや借家人を保護する必要はないので、家主にとって非常に有利な材料になります。しかし、代わりとして提供された建物が従来の借家に比べていちじるしく劣るような場合(少しぐらい劣るのはやむを得ない)には、必ずしも借家人に不利な判定は下されません。

 C家主が立退料を提供した場合。
 平成3年の借地借家法改正により、立退料の提供も「正当事由」の一要素として考慮できると規定されました。住宅難も解消された昨今では、家主にある程度の「正当事由」が備われば、あとは移転することにより被る借家人の損失を、金銭で補償することにより「正当事由」が充足されると考えられています。もっとも、立退料の額があまりに少なく、借家人の損失の穴埋めにするにはまったく不十分な場合には、必ずしも明け渡しが認められるとは限りません。

 さて、次回は借家人債務不履行の場合の対処や、法定更新について考えます。

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