親戚Aが、木造2階建て、貸室が20ほどあるアパートを所有していました。しかし最近の不況で、事業に失敗し、金策のためそのアパートを買い取ってほしいと頼み込んできました。このアパートの貸室は、現在3分の2ほど埋まっているとのことです。親戚を助けるため、買い取ってやらねばと思っていますが、私がこのアパートを買い取った場合、現在いる借家人との関係はどのようになるのでしょうか?その辺のことを承知した上で、買い取りを決めたいと思います。

@借家権の対抗力
 
まず、あなたも親戚の方も、現在の借家人の意向など全く無視して、そのアパートの売買の話を進めることは自由です。
 しかし、あなたが買った後、現在居住している借家人から、借家権を主張されると、あなたはこれを認め、従来の賃貸条件で、その貸室の居住をその借家人に認めてやらねばなりません(借地借家法22条1項)。
 そうなると、あなたは、好むと好まざるとにかかわらず、旧家主であったAの地位を引き継ぎ、新家主として居住借家人と借家契約関係を持つことになります。

A借家人が黙っているとき

 では、居住借家人からなんの申し出もなかった場合はどうなるでしょうか?
 あなたとしては、別に居住借家人と賃貸借契約を交わしたわけではありませんから、居住借家人が借家権を主張しないかぎり、その居住借家人には、貸室を占拠使用する権限はありません。
 したがって、あなたは、その旨を居住借家人にも告げ、「どうするのかね?」と確かめてみる必要があります。居住借家人が立ち退くつもりでない限り、当然借家権を主張=対抗してくるでしょうから、そうなれば上@の関係になってきます。

B借家契約関係の承継

 「それなら、どうせ借家人は借家権を主張するだろうから、最初から、Aとの間に借家契約の承継契約をしておいたらどうか?」という問題もあります。
 Aとあなたの間で、そのような承継契約ができることは問題ありません。しかし、その効力が居住借家人に及ぶかです。
 学者や裁判所間でもいろいろ意見がありますが、だいたいにおいて、Aとあなたとの間でそのような契約ができ、その効力は借家人に及ぶというのが、現在の支配的考え方と見てよいでしょう。

 ただしこの場合、借家人が異議を申し出た場合(おそらくそんなことはないでしょう)は「この限りでない」とされています。
 あなたが、居住借家人の強引な追い出しを考えているならともかく、このような承継手続きをAとの間にとっておく方が、あなたが新家主として借家契約関係を引き継く場合にも、なにかと好都合です。

 例えば、「預かり敷金はどうするか?」なども合意がなければ、当然あなたが引き継ぐことになりますから、その分を買い取り代金から差し引くなども決められます。
 また、居住借家人との間で紛争が生じている場合など、「これをどうするか?」も、あらかじめAとの間で取り決めておくべきでしょう。

C保証人の問題

 最近の借家契約では、多くは、借家人に保証人をつけさせているのが常のようです。
 保証人がいるとき、家主がAからあなたに代わったら、この保証関係はどうなるか?はかなりの難問題です。というのは、保証契約は、保証人とAとの間でなされますから、Aと借家人との借家契約が、Aからあなたに移ったからといって、当然には、保証契約もあなたに移るとは言えないからです。
 きわめて形式的な理屈からすれば、保証人はAと保証契約をしたわけですから、Aからあなたに権利譲渡でもしない限り、あなたに保証契約関係は移りません(また、このためには、法的にいろいろと手続きが必要とされています)。

 したがって、あなたとしては、居住借家人との借家契約関係を引き継ぐなら、保証契約関係についてもAに債権譲渡の手続き(民法466条以下)をとってもらっておいた方が無難でしょう。
 もっとも、居住借家人が、あなたとの借家契約関係につき、全く新たに保証人を立てるなら、それは最も望ましいことです。

新家主は敷金を引き継いでいる

D敷金の承継

 アパート賃貸借関係の場合など、必ずといってよいほど、家主に借家人から敷金が預託されます。
 この敷金は、借家関係が新家主に引き継がれる場合、旧家主と新家主間でとくに取り決めがないときは、当然新家主に引き継がれるとされています。
 したがって、借家人が立退くとき、「おれはそんな引き継ぎはしていない!」と、新家主はそっぽを向くわけにはゆきません。
      
 25部屋ほどの貸室のある賃貸マンションを所有しています。
 不況のせいか空室が多く、また高齢のため借家人との接衝なども煩わしいので、最近盛んに行われている貸室を業者に一括サブリース(転貸目的の賃貸)するという貸し方をしてみようかと考えています。
 そうなりますと、このマンションの貸室に居住するのは、業者を貸主=転貸人とする転借人と家主である私との関係は、法律上どのようなものになるのでしょうか?
 家主として承知しておくべき問題点をご教示下さい。

 
  「サブリース」は、まず家主か業者がそのマンションの貸室を一括賃貸し、これを個々の居住者に転貸するという形になります。
 したがって、業者=転貸人と借家人=転借人との間は、転貸借契約で結ばれますが、家主と借家人との間には、直接的な法的結びつきがありません。結果、原則的には、家主と転借人との間には、その貸室に関し権利義務は発生しません。
 しかし法律は、いろいろの場合につき特に規定を設けて、家主と転借人との間に、直接的な権利義務を発生させていますので、以下この辺につき説明しましょう。

 
@前提問題
 サブリースは転貸を前提とします。
 業者としては、家主からマンションの貸室を一括貸借しても、それを自分で使うわけではありません。この貸室を、家主に払う家賃より多少割高の家賃で個々の転借人に転貸することにより、その差益を取得するのです。この利得があるから、サブリースは不動産業者としても一つの営業として成り立つわけです。

 そこで業者としては、家主からサブリースするに当たっては、まずなにより、家主から転貸の承諾を事前にとりつけておくはずです。
 では、この承諾なしに、個々の借家人に転貸がなされた湯合、家主としてはどのように対処すべきでしょうか?

 この場合、業者と転借人との転貸借契約は、家主の承諾がないということで、無効となります(民法613条1項)。
 そして家主は、業者とのその貸室の賃貸借契約を解除できます(同条2項)。この解除があると、その貸室に関しての業者と転借人との転貸借契約も転借人もともども用権限のない不法占拠者となりますから、家主は両者に立ち退きを要求できることになります。
 かかる意味で、この場合には、家主は転借人に対し、直接的に立ち退き請求権を持つことになります。

 
A民法613条から生じる転借人の直接義務
 民法613条1項は、「貸借人が適法に貸借物を転貸ししたるときは転借人は賃貸人に対し直接に義務を負う…」と規定して、転借人の家主に対する直接義務を規定しました。
 そして、この転借人の直接義務とは、(1)賃料支払義務と、(2)借室の返還義務です。

 (1)賃料支払義務。転借人が家主に対し直接このような義務を持つということは、裏返せば、家主は転借人に対し直接家賃を請求できるということです。しかしサブリースの場合、家主は業者と賃貸契約しているわけですから、まず直接の契約義務者である業者に請求し、業者が支払わなかった場合、「転借人にも請求できる」と解すべきでしょう。問題は、家主が転借人に直接請求する場合の金額の点です。サブリースの場合、業者が家主に払う家賃額と、転借人が業者に払う家賃額とでは差があります。
 そこで、業者が家主に納める家賃額より、転借人が業者に支払う家賃額の方が高い場合(これが共通でしょう)、家主は安い前者の額しか転借人に請求できず、反対に、転借料の方が安い場合(まずあり得ない)、安い転借料の額しか請求できないと解されています。

  なお、転借人が家主から直接家賃の支払いを求められた湯合、「それはすでに業者の方へ前払いしました」とは主張できず、結果、二重支払いを余儀なくされます。

 
(2)借室の返還義務。
 本来転借人の貸主は業者なのですから、転借人としては、転貸借が終了して借室を明け渡す場合、それを業者に対してすればよいわけです。
 しかし家主も、その返還を直接転借人に要求することができます。ただし、このように直接の請求がない限り、転借人は直接の貸主である業者に返還しなければなりません。

 
B借地借家法33条2項による造作買取請求権
 転借人の借家権が消滅するとき、業者がその付加を認めた造作の買い取りを、転借人は業者に対し請求できます(借地借家法23条1項)。
 ところが、リース契約が終了して、業者の借家権が消滅した結果、転借りの借家権も消滅するような場合、転借人は家主に対し直接造作買取請求権を行使できるか?という問題が生じます。
この場合、改正された借地借家法では、転借人から家主への造作買取の直接請求を認めました(同法33条2項)。もっとも、その造作の付加につき、業者のみが同意し、家主が同意していなかった場合は、この直接請求は認められないと解されています。

 
C借地借家法34条による転借人の保護
 リース契約の終了により、業者の借家権が消滅する場合、理屈としては、転借人は家主に対し転借権を主張できないところです。
 しかし借地借家法は、業者との借家契約が期間の満了とか解約申入れにより終了するときは、家主に、転借人にもその旨の通知をしないと、転借りに右の終了を対抗=主張できないものとしています(同法34条1項)。
 結果、家主は転借人に対し、「業者との借家契約が終了したのだから、あんたの転貸借権も消滅した。立退け!」とは言えなくなります。
 そして、家主が転借人に右の通知をしたときでも、転借権は、この通知の日から六カ月たたないと終了しません(同法34条2項)。

 
D転借人保護の強行法規性
 以上のBCの転借人への保護は、これに反して転借人に不利な特約を当事者間でしても、無効とされます(同法37条)。
 サブリースは、家主と転借人=現実の借家人とを絶縁して、転借人との関係を一切業者が取り仕切ってくれるかのように思われがちです。
 たしかに、理屈として=原則的にはそうなるはずなのですが、転借人の保護とか、その他の理由から、前述のように、法律は、場合により家主と転借人との間に直接的な法的関係を生ぜしめています。
 このことは、単に転借人のためだけでなく、家賃の支払いとか、借室の明け渡しなどで業者がこれを怠っていれば、家主が直接転借人に対し権利行使ができるわけですから、家主としても承知しておくべきでしょう。        以上。


(全国賃貸住宅新聞10月15日号 丸山雅也の法律相談より)
      
 この辺には、ペットを飼っている住人が多いので、私が家主のこのマンションでも、「ペット可」物件として入居者を求めたところ、おかげさまで目下満室状態です。
 ところが先日、二階の借家人のAさんから「隣室のBさんの飼っている犬の鳴き声が大変大きくてやかましく、その犬が吠え出すと私のところの犬までほえ出す始末です。しかもBさんのところの犬は、深夜でもおかまいなく突然ほえ出すので余計困ります。なんとかしてくれませんか?」と訴えられました。
一応「ペット可」のマンションとしてお貸ししているので、Bさんに「ペットがうるさいからなんとかしろ!」とは言いにくく、さりとてAさんからしきりに訴えられるので放置しておくわけにもいかず、困惑しています。どうしたものでしょう?

 
 最近はペットを飼う人が多くなり、そういう人たちにはペットも家族の一員みたいなものですから「ペットも飼えないマンションなんてお断りよっ!」といったご時世になりつつあるようです。事実そのため「ペット可」のアパートやマンションは、常に満室に近い状態とか聞きます。

 
@本件の場合
 さて本件の場合ですが、いくらペット可のマンションとはいえ、「ペットのすることには文句が言えない」という理屈にはなりません。「ペットを飼ってよい」ということは、イコール「ペットの好き勝手にしてよい」とはならないからです。
 ペットが度を超えて他人に迷惑をおよぼせば、家主としてはそのマンションの管理上、その飼い主にその制止を求められますし、迷惑損害を被った他の借家人は、飼い主に対し損害賠償も請求できます(民法718条)。

  しかしその反面、ペット可の物件であることを承知で入居したのですから、飼われているペットが普通の行動をしたことに対し、いちいち目くじらを立てて文句を言うことは認められません(例えば、飼い主が飼い犬を外に散歩に連れ出すため、マンション内の廊下を歩かせたのに「不潔だわっ!」とか文句を言ったり、ちょっと鳴いたのに「うるさいっ!」と怒鳴ったりすることなどは認められません)。

 したがって、本件の場合、もしBさんの犬が大きくて、そのほえ声もかなり大きく、しかもひんばんにほえ、かつそれが探夜にも及ぶとかになれば、
 T.まず、隣室のAさんがBさんにその制止を求められることは当然ですが、
 U.家主としても、Bさんに「他の借家人の迷惑となるから…」と注意や制止を求めることも可能です。
 そして、Bさんが家主の注意に耳を貸さず、制止もしないで放任していた場合には、家主はBさんとの借家契約を解除して、Bさんに立ち退きを要求することもできます。

 この場合、Bさんから、「ペット可のマンションとして貸している以上、そのほえ声がうるさいぐらいで出てゆけとは納得できない!」とかの反論があるやもしれません。
 しかしこの反論は、「子連れを承知で貸した以上、その子が他に迷惑をかけても、文句を言うなっ!」と言うのに等しく、通る理屈ではありません。こんな場合、親が当然子の行動を止めなければいけませんし、子のそんな行動の結果、他人がケガなどの迷惑を被れば、親がその加害に対し損害賠償義務を負います(民法714条)。この理屈はペットの場含も同様です。

 
Aペットに関する約定
 以上のように、ペット可のアパートやマンションの場合、ペットの行動と、飼主である借家人の借家契約との関連が判然としないため、家主としても、ペットに関するトラブルヘの対応にとまどいがちです。
 したがって、「ペット可」物件の場合、家主としては、必ず、借家契約と一緒に「マンション内におけるペット飼育に関する約定書」とかの文書を、借家人と取り交わしておくべきでしょう。

 そうしておけば、その約定の中に当然つぎのような条項が取り決められますから、家主としてもその対応にとまどうこともなくなります。

 
「第○条 飼い主は、その飼育するペットが、他の借家人に迷惑損害を与えるような行動をさせてはいけない。ペットにそのような行動があった場合、飼い主は直ちにこれを制止し、かつ加害に対し損害賠償をしなければならない。 家主からの注意にもかかわらず、飼い主が前項の制止をしない場合、家主はその飼い主との借家契約を解除し、飼い主に、賃室よりの退去を要求できる」

 このような条項が約定の中にあれば、飼い主=借家人も、「ペット可」の物件であることを盾にしての反論などもできません。

 
Bペットの約定と借家契約との関連
 とくに上のような約定をする場合、たんにペット飼育に関する取り決めばかりに意を注ぎ、借家契約との関連づけを忘れてはなりません。
 家主とすれば、結局最後は、困った借家人を立ち退かせれば、ペットも一緒に出てゆくわけですから、コトは解決されます。
 また家主は、借家契約から生じる損害を担保するため、敷金とか保証金も預かっていますから、ペットによって被る損害の点も、特約により、この種の預かり金により担保されるよう約定しておけば、被害の心配もなくなるわけです。

 もっとも、借家契約上の保証人にまで、ペットによる損害を負担させるとなると、保証人が「ペット可」の借家契約であることを承知して保証したものでないと、その責任追及は難しくなります。

 
Cペットに関する約定と保証金の預託
 飼い主=借家人のペットによる家主の被害を確実に担保させるのなら、ペットの約定に関し、借家契約の場合の敷金のように、別に保証金を預託させたらどうかと思います。
 「そこまで借家人に負担させるのは?…」と、家主としてちゅうちょがあるかもしれません。
 しかし、ペット可のアパート、マンションの場合、そのための貸室の汚れ、いたみとかがひどいばかりでなく、本件のような会計トラブルに巻き込まれたりして、家主側の負担は普通の貸室の場合と比べかなり大きくなります。したがって決して「負担させ過ぎ」とかの非難は当たらないと思います。

 もっとも、貸室に持ち込まれるのは、しつけの良い猫一匹だけとか、小鳥一羽だけとかなら、このために保証金を積ませるのは酷かもしれません。しかしこれに反し、大きな犬とか、猫でも十匹近くとか、また蛇や凶暴なペットなどの場合を考えると、とくにそんな場合には相当の保証金を預かる必要が生じてきます。

 
Dペットに関する家主の免責
 また、ペットの加害とは逆に、ペットが受ける被害(例えば、他の借家人による加害とか、他のペットによる加害)などについても、家主としての免責をはっきり決めておかないと「このマンションの管理が悪かったからだっ!家主さん、どうしてくれるっ!」と、とんだとばっちりを受けかねません。
 以上の次第で、「ペット可」のアパート、マンションの借家契約は、家主にとって「ペット、ああいいですよ!」とは簡単にうなずける問題ではないのです。 ペットに関する約定、そしてこの約定と借家契約との関連つけ、ペットのために生ずる損害の担保など、家主としては、いろいろと考えさせられる諸問題を抱え込むことになるからです。      以上。


(全国賃貸住宅新聞10月8日号 丸山雅也の法律相談より)
      
 20室ほどあるマンションのオーナーです。
 私の息子がアメリカ留学を終え、帰国早々に、縁あってある女性と婚約しました。2人はすぐにでも結婚できる身ですが、なかなか適当な新居が見つかりません。
 というのは、2人ともまだ若く、十分な収入がないので、高い家賃を払うことが困難なためです。
 ところが、私のマンションの借家人Aさんは、あと半年ちょっとで斯限が来ます。そしてAさんの貸室は、若夫婦が住むには最適の間取りなのです。それに私のマンションですから、息子夫婦が借りた場合、それこそ家賃の方はどうにでもなります。
 Aさん夫婦も若く、まだ子供もおりません。
 そこで、こんな場合、期限の更新を拒否して、Aさん夫婦に本件貸室から立ち退いてもらうわけにはいかないものでしょうか?

 法改正により認定条件が緩和

 家主側が、期限の更新を拒否し、また解約の申し入れをして、借家関係を終了させるには、法律が定めた正当事由がないと認められません(借地借家法28条)。
かつては、この正当事由はかなり厳格に解され、容易なことでは、裁判所も認めようとはしませなでした。

 しかし現在は、法律も改正され、正当事由を認める条件なども具体的に例示し、またこれを加えたりして、家主の更新拒否や解約申し入れをかなり認めやすいように変えています(同条)。つまり法律が「こんな事情があれば、正当事由認定の資料となりますよ!」と、具体的に例示することにより、更新拒否、解約申し入れの正当事由を認定しやすくしているわけです。
 本問は、更新拒否についてですが、期間の定めのない借家契約を解約しようとする場合も、その理屈は全く同じですから、参考にしてください。
必要性の比較が重要ポイント

 
@自己使用の必要
 更新拒否をするには、まずその建物につき自己使用の必要がなければなりません。
 この自己使用の必要とは、なにも家主自身がそこに住む必要がある場合のみに限られません。本問のように、家主の息子や、家主の父母などが高齢で介護を必要とするために住むなどの場合もこれに含まれます。
 また、税金を払うのに、どうしてもそのアパートを売らなければならないとか、現在のアパートを壊して新しく建て替えないと朽廃の危険があるとか、周辺の賃貸事情から入居者が激減するなども、自己使用の必要の中に含まれると解されています。
 ただし、この家主側の必要性だけでなく、借家人側の必要性とも比較して、どちらにより必要性があるかなどを、正当事由の有無の判断資料とされることになります。
 そして、この自己使用の必要性は、更新拒否、解約申し入れの正当事由を認定するのに、最も重要なファクターとされ、法律が例示するこれから以下に述べる諸事由は、正当事由を認定するための補充的なものと解されています。

契約は現実と合っているか

 
A借家契約に関する従前の経過
 例えば、借家契約成立のときの事情(家主との特別な関係から、その好意で成約できたとかの事情)、その後の事情の変化(成約時の特別な事情がなくなったとか)、賃料額の相当性(特に別に安くしてもらっていたとか)、家主と借家人との信頼関係の存否(借家人が家賃滞納などで家主との信頼関係を失っていたとか)、成約持の権利金や更新料授受の有無なども、正当事由制定の資料とされます。
借家人が裕福なら家主有利に

 
B建物の利用状況
 例えば、借家人が契約目的に従って借家を適法有効に使っているとか、借家人がほかに建物を有していて、本件貸室をあまり利用していないとかなどの事情も、正当事由判定の資料とされます。
 本問の場合で言えば、借家人のA夫婦の場合、実家の方に住む家があるのに、家主の息子は本件マンション以外に住むあてがないなどの事情は、家主側に更新拒否を認める正当事由の一資料として有利となるでしょう。

 
C建物の現況
 例えば、本件マンションが老朽化して、建て替えの必要があるなどの事情も、正当事由認定の資料となります。

 
D家主が建物明け渡しの条件として、または建物の明け渡しと引き換えに、借家人に対し財産上の給付をする旨の申し出をした場合
 例えば、「立ち退いたら、立ち退き料として金○○万円を支払う」などの約束を家主がした場合には、これも正当事由の判断材料にされます。お金の代わりに、代替貸室を提供することもあります。
 かつては、このような例示がなかったので、正当事由の判断材料としては、いろいろ論議のあったところです。しかし、借家関係終了による立ち退きについての和解=話し合いなどの場合、実際にはしばしばこの種の立ち退き料のやりとりがなされ、その金額いかんによっては話し合いがまとまったり、立ち退きがスムーズに行われてもきました。

 また、裁判でこの正当事由が争われている場合、家主側が立ち退き料を150万円提示したのに、裁判所が判決で200万円に増額することは差し支えないとされています(判例)が、逆に、100万円に減額して判決することは許されないと解されています。
 また、家主側が立退料などの金銀提供を全くしなかったのに、裁判所が勝手に立退料の提供と引き換えに正当事由を認定することは許されないと解されています。
入居者の収入も判断材料になる
 特に、周辺に近代的ビルが立ち並び、木造アパートでは入居者がいなくなったような場合、家主がこのアパートを取り壊し、鉄筋のマンションに建て替えようとして更新を拒否し、解約の申し入れをするような場合、家主側よりかなり高額の立退料が提供され、正当事由認定の有利な資料とされたりするようです。
 そして裁判所も、それが高額であることから、正当事由を認定したりしています。

 
E本問の場合
 では本問の場合、家主がAさんとの借家契約の斯限の更新を拒否した場合、この拒否は正当事由があるものとして、認められるでしょうか?
 家主側に事故使用の必要がのあることは、前述@の説明からも明らかです。問題は、これとの比較においての借家人Aさん側の自己使用の必要です。
 もしAさんの本件貸室が、前述Bの建物の利用状況のようだとすれば、自己使用の必要性は家主側により強く認められるでしょう。
 そのほか、家主の息子の収入に比べ、Aさんの収入がかなり多く、Aさんとしては、その気になれば、いつでも、他のマンションに引っ越しでき、しかもその引っ越しにより仕事に差し支えが生じないといった事情が加味されると、こんな面からも家主側の自己使用の必要が認められることになります。
 さらに、家主側から、Aさんへの引っ越料を含め、ある程度の立ち退き料の提供があったとすれば、本件の場合、家主側の更新拒否は正当事由するものとして、認められることにもなるでしょう。


(全国賃貸住宅新聞9月24日号 丸山雅也の法律相談より)
      
 上下合わせて15,16室ある築10年ほどの木造アパートの家主です。
過日、1階の借家人Aさんから、8万円の家賃を5万円に値下げしてほしいと要求されました。「多少の値下げなら応じるが、そんな不当な要求にはとても応じられない!」とお断りしました。
 するとAさんは、「では、仕方ないから裁判所で決めてもらうしかないですね…」と言って席を立ちました。家主の私としては、どんな対応をしたらよいのでしょうか?
 借入居者は家賃の減額を請求できる

 バブルがはじけるまでは、しばしば家主側から家賃の増額要求が出され、これに応じない借家人との問で裁判ざたになってきました。
 しかし、バブル崩壊後、不動産の価値が下落し、続く不況のため、最近は家賃の増額は影を潜め、代わりに、家賃の減額請求が目立ち始めています。
 かつては、家賃の増減額につき、法が不備のため、さまざまな不都合な事態が生じていましたが、現在改正された借地借家法により、この問題への対応も、一応整備されました(同法32条)。
 以下、本問の家賃の減額請求につき、その辺を順次説明します(以下に述べる理屈は、家賃の増額請求の場合にも、そのまま当てはまりますので参考にしてください)。

@家賃の減額請求ができるとき

 1.まず家賃の減額を要求するには、その借家契約が成立後、ある程度の年月が経過していることが必要です(学説、裁判例)。というのは、契約成立時には、特別の事情でもない限り、家主、借家人の双方が納得ずくで家賃を決めるわけですから、その時の常識であまり過不足のない相当の家賃額が決められていたはずです。したがって、成約後早々に、それが高すぎるなどといった事態は、まず考えられないと解されているからです。
 実際の裁判例などを見ますと、成約後3日とか3カ月後の増額請求は否定され、3年とか、少なくとも2年4カ月ぐらい経過後の増額請求が認められています。したがって、減額の場合も同様に考えてよいでしょう。

地代が下がれば家賃も下がる

 2.土地もしくは建物に対する租税その他の負担が減ったこと(借地借家法32条1項)。
 土地や建物にかかる租税としては、固定資産税、都市計画税、水利地益税などがあります。都市計画税や水利地益税などは、土地や建物の利用に対し課せられるものですから、それらが下がれば、家賃を下げる理由になります。ところが固定資産税は、土地建物の所有に関し課せられるものだから、それが下がったからといって、家賃を下げる理由には結びつかないといった反論もあります。しかし実際に家賃額の算定をする場合など、固定資産税も考慮に入れられていますので、これを除外するわけにはいかないようです。
 また土地については、家賃の中に含まれている地代が下がりますので、結局家賃に影響してくるわけです。

相場との比較検討も重要に

 3.土地や建物の価格が値下がりしたこと(同条1項)。
 土地が値下がりすれば、地代が下がり、それが家賃にハネ返ってきます。また建物は年数がたてば値下がりしたり、また時代の流れで、その構造が時代おくれとなり、利用価値が下がることもあります。

 4.近隣の同種の建物の家賃との比較(同条1項)。
 例えば、近隣の同種のアパートが家賃を値下げしたりすれば、それとの比較で、自分のアパートの家賃が割高になったりします。

 5.以上、1.〜4.のような事情により、家賃が不相当に高くなったこと(同条1項)。
 1.から4.のような条件が満たされても、その結果すぐに、減額請求は認められません。たとえば、現在の家賃は10万円だが、相当とされる家賃額が9万5000円という場合には、「不相当に高い!」とは言えないでしょう。

 以上のような条件がそろったときは、借家人は、将来に向かって、家賃の減額を家主に請求できます(借地借家法32条1項本文)。
 バブルの崩壊以後、不動産については、とくに前記3.の事情が顕著です。そのため、これまで見られなかった家賃の減額請求が頻発するようになりました。

A減額請求があったとき

 家賃については、借家人の方は「できるだけ安く!」と望み、家主の方は「できるだけ高く!」と望みます。したがって、その増減額となると、双方の考えが一致することはまれだと思われます。

借家人と家主は相入れない?

 本問でも、借家人は「月額8万円を5万円に…」と望み、家主側は、「それはひどすぎるっ!」と反発しています。そこで、双方が話し合いの結果、額がまとまれば、それが以後の減額された家賃となります。しかし、借家人はあくまで5万円を主張し、家主側は「減額しても7万円が精一杯!」しなった場合、どうなるでしょうか?

B裁判の判定がなされるまで

 結局、双方の話し合いがまとまらなかった場合、最終的には裁判所に持ち込まれ、裁判所の判定を待つことになります。
 しかし、その判定が出るまで時間がかかります。問題はその間どうするかです。かつては、この問題につき立法的整備が不十分だったため、いろいろと混乱を招きました。例えば、借家人側は「話し合いがつかないのだから…」ということで、自分の主張する5万円を家主に提供したとします。
 家主の方は、「冗談じゃないっ!こんなもの受け取ったら、5万円への減額を認めたことになる!」と思い、その受け取りを拒否します。
 結果、5万円は借家人により供託され、家主は当分の間、家賃収入を断たれます。そこで家主は「8万円の家賃に対し5万円しか供託がないのだから、3万円分の家賃不払いだ!」として、借家契約を解除、立ち退きの裁判などが起こされたりしました。

 このような混乱を避けるため、現在では、家賃の増減で双方が対立し、裁判ざたになったとき、裁判所の判定が生じるまでの間は、つぎのような対応が立法化されました(借地借家法32条2項、3項)。
 まず家主は、自分が相当と考える減額家賃(本問では7万円)を、裁判所の判定が出るまでの間、借家人に請求します。借家人とすれば不満でしょうが、従来の家賃額8万円より安いのですから、一応その7万円を支払います(支払いをしたからといって、借家人がこの減額を承諾したことにはなりません。その代わり、借家人も自分の主張の5万円しか払わないということは許されません。そんなことをすれば、家賃の一部未払いということで、契約を解除されるからです)。

 そして、裁判の判定が「6万円が相当!」となった場合、家主は毎月1万円ずつ余分に家賃を受け取っていたことになりますから、この余分と、これに対する年1割の割合による利息を加算して、借家人へ返金することになります(同法32条3項但書)。


(全国賃貸住宅新聞9月10日号 丸山雅也の法律相談より)